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2008-02-23

上海租界時代の王“サッスーン財閥” -第4回-

今回が、サッスーン財閥についての最終回になります。
4回に及んでしまいましたが、最後までお付き合い頂きました皆様に対し、深く御礼
申し上げます。

租界時代の外灘(バンド)を舞台に栄華を誇ったサッスーン財閥にも、戦乱の陰が
忍び寄ってきます。

やがてヴィクター・サッスーンは、国民政府に対しても大きな発言権を持つようになり、
英・中経済提携を画策しました。

ところが、1937年、「日華事変」(蘆溝橋事件、中国では「7・7事変」)が勃発すると、以後
サッスーン財閥は、日本軍の進出により大打撃を受けます。

日本軍により、上海におけるサッスーン財閥の「華厦公寓(キャセイ・マンション)」や、
外国人クラブが接収されると、ヴィクター率いるサッスーン財閥は、日本に対して、
猛然と対抗意識を燃やし始めました。

当時サッスーン財閥は、上海を東洋進出への最重要拠点と考えていました。
また、元々当主ヴィクターは、英国育ちで、英国教育を受けた親英主義者であり、
反日的でもありました。
1939年2月のアメリカ旅行の際には、反日発言を繰り返してさえいます。

こうしてサッスーン財閥は、莫大な資金を注ぎ込んで蒋介石軍を支え、日本を中国
大陸から追い出そうとしたのです。

その後、1940年9月27日に「日独伊三国軍事同盟」締結、そして翌1941年12月8日、
日本軍の真珠湾攻撃により、日本は太平洋戦争へと突入して行きます。
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以上、4回に渡りましてお送りしました「上海租界時代の王“サッスーン財閥”」、
長い間お付き合い頂きまして、誠に有難うございます。

現在、'10年の上海世博(万博)に向けたリニューアル工事が進む外灘・老房子
(古い洋館のことです)ですが、2年後には、装いも美しく蘇って、皆様のお越しを
出迎えてくれる筈です。
2010年の上海世博へ、是非おいで下さい!
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theme : 中国
genre : 海外情報

comment

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spacesis様

歓迎光臨~♪
ようこそおいで下さいました。

調べていくと、面白いと言うか、切りがないと言うか…(苦笑)。
幕末日本にも絡んできますね、この辺り。該当物件に触れたら、
恐らくそちらに話が行くと思います。幕末史上、かなり重要です。

現在のサッスーン一族について、後で簡単に述べてみます。
3月4日(火)のアップになる予定です。

sue様

歓迎降臨~♪
(…と、ご挨拶してくれるアイテムとか、追加してくれないかな…<FC2)

鎌倉時代辺りですと、平清盛は、南宋と日宋貿易をしていましたし、
その為に福原(現神戸)に遷都したくらいですし。
(但し、結局半年で失敗しましたが)
鎌倉期を通じて、文化的な交流は続いていましたね。新興仏教、
特に禅宗は、道元栄西も、南宋から持ち帰ってきたものですから。

道元が修行したのが、寧波(浙江省)にある天童寺というお寺で、
大変有名なお寺です。然も道元は、こちらの第七位として敬されて
いますね。
また、このお寺、水墨画で有名な雪舟も来ていたのです。ですので、
道元と雪舟という、日本の2僧の肖像画が奉られています。

こんにちは

孤舟居士さん、ご案内いただき今日やっと
ゆっくり来ることができました。
このサッスーン一族のお話、面白いですね。
現地に住む人ならではの情報ではないでしょうか。
一族のメソポタミア、ユダヤという家系もわたしには
大いに興味をそそられるところです。
アヘンについてはサッスーン一族を含め大ブリテンも
随分あこぎな(^^;)ことをやっていたものだと、改めて
歴史のこの部分に興味を持ちました。
自分でも調べてみようと思います。

歴史にもしもということは言えないのですが、サッスーン
財閥がいなかったら日中関係も日中の歴史ももっと
違った形を辿っていたでしょうね。
この後、そして上海が中国に返還された後のサッスーン
一族はどうなったのでしょうか?知りたいところです。

No title

こんにちは。
私のブログにコメントいただいてありがとうございました。
普段はめったに新しい方にコメントをいただけることないのでとても嬉しかったです。
さて、歴史。私は歴史って大好きです。
といっても日本史の古代~鎌倉あたりまでなので中国と日本の関係などはあまり知りませんでした。今回のこのエントリーのシリーズでとても勉強になりました。
日本と中国って歴史的に見ても仲が悪くなるよな~なんて思うことしばしばですが、こうして知らないことも沢山あるんですね。。。

クロ様

歴史は、余り教科書的だと面白くないので、できる限り写真などで、
ゆかりの場所や遺物などをご紹介しながら、そうした場所を楽しむ為の
パーツの一つとして、歴史的を活用したいと考えています。

私も、教室で勉強した頃よりも、実際に自分の足で歩いて、目で見て、
手で触れて(これは可能であればですが)みて、初めて歴史の面白さが
分かりましたから。

こうした世の中ですから、もう少し歴史や地理の授業、工夫されることを
祈りますが…、私達の頃から、少しは改善されたのでしょうか。

皆様のご要望なども取り入れて、より面白いものを作っていけたらと
思います。
これからも忌憚ないご意見をお聞かせ頂けましたら、嬉しい限りです。

面白かったです

非常に興味深い連載でした。
私は子供の頃、偉人伝や歴史にまったく興味がなかったのですが
(「過去」と「自分」が繋がっている感覚がわからなかったというか)
大人になってからやっと歴史の面白さを知りました。
特に歴史の政治的な側面は、読めば面白いのですが
なかなか自分からは手が出ないので(苦笑)、
こういう場でつまみ食いをするように(?)楽しめるのがとてもありがたいです。
これから本編(!)も楽しみに読ませていただきます♪

cosdina様

こうしたことをトータルで考えますと、日本は当時から外交下手
だったんだなぁ…、と思います。
現地では、ヴィクターとの関係改善に努力していた人達もいたの
ですけれどもね。
結局、本国(本土)側で壊してしまったのですよ。

今日でも、外交に限らず、現地法人の担当者が現実的な視点で
交渉を続けた結果得た良好な関係(条件)を、現地を知らない日本
本社側がぶち壊す、という話をよく耳にします。
特に、中国ビジネスにおいては多いようですね。
これも民族性なのでしょうか(苦笑)。

なるほど。

これは教科書では習わない歴史ですね! そんなことがあったとは知りませんでした。

にゃんこねん様

スウェーデンからですか。
それはまた遠い所からようこそおいで下さいました。
歓迎光臨~♪

最近、スウェーデンなど北欧の方のお知り合いが増えて、
嬉しい限りです。これもネット・ブログの良い所ですね。

以前のスレッドに立てましたが、上海にもIKEAが進出して
いますし、他にも、Sandvikなど、スウェーデン系企業が
ありますので、スウェーデン人の方々、少なくないですよ。

それにしても、華僑のエネルギーは凄いですね。
こういったブログを活用して、日本人も負けずに盛り上げたい
ですね。

ブログはお持ちでしょうか?
もしお持ちでしたら、お教え頂けましたら嬉しいです。

これからも宜しくお願い致します。

こんばんは!

孤舟居士さん はじめまして

中華料理から辿って こちらへやって来ました

私にとっては 中国は なんとなく未知の国です
でも お料理は とっても身近に感じています

それと 私が今住んでる所(北部スウェ−デンです』)には 中国系の移民の人が多く 広東語も 北京語も 耳に入って来ます

また 遊びに来ますね♪
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孤舟居士

Author:孤舟居士
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東アジア・ASEAN諸国関連の話題が、比較的多くなると思います。

あくまで私一個人の見解を元に作成致します。何卒長い目でご覧下さい。

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他のお客様が不快になるような話題、当ブログのテーマと著しく懸け離れる話題は、堅くお断り申し上げます。
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